2013/08/19

2013年8月8日 聖なる旅

8月8日、再び人吉を訪ねました。まず、老神神社を参拝致しました。その後、人吉城跡の風景を写真に撮りました。

U様のご案内でお知り合いの方のギャラリーカフェを訪れました。オーナーの方に、人吉の歴史、相良藩について教えて頂きました。「これから、イワナガ姫様をお訪ねしたいと思っております。」と申しましたところ、「私の主人の実家はコノハナサクヤ姫様をお守りしています。」と言われ、とても驚きました。イワナガ姫様もコノハナサクヤ姫様も瀬織津姫様の事の様だったのです。

瀬織津姫様とは地球意識といわれております。縄文の女神様です。この女神様に意識を向けてまいりますと人は覚醒するので、その事を恐れた権力者は、この女神様を封印してしまいました。最近では少しずつ瀬織津姫様のお名前も知られる様になってまいりました。
瀬織津姫様は水神様とも言われております。
すべての生命を育んでくださる尊い女神様です。

ギャラリーカフェでゆっくりと時間を過ごしましたので、イワナガ姫様を訪ねる時間がなくなってしまいました。次にU様がお仕事をなさっているカフェを訪ねる事に致しました。途中に王宮神社があり、参拝させて頂きました。境内に入ると茅の輪がありました。まずそこをメビウス状にくぐらせて頂きました。

本殿横を見ますと源嶋神社とかかれた神社がありました。この”源嶋”という文字を拝見した時に、日本列島が脳裏に浮かび、その日持参しておりました祝詞を奏上させて頂きました。その中に"トホカミエミタメ”とあるのですが、これを漢字で表しますと”遠津隠身女神”となります。先程述べました様に、遠い所に身を隠しておられる女神様は瀬織津姫様のことのように思えますので、この祝詞を奏上させて頂く時はいつも瀬織津姫様を思い、地球の中心に意識が入っていきます。

この時も地球の中心に思いをはせながら、唱えさせて頂きました。その後、カムナガラ(神我融合)タマチハヘ(直霊幸栄)マセと唱えさせて頂きました。これからは、宇宙の存在と地球の我々が一緒になって役割を全うさせて頂きたいと思いました。

参拝の後、U様のカフェで紫蘇ジュースを頂き美しい風景を見ておりました。その時、今まで耳にした事のない様な音で携帯が鳴りました。それは奈良県で大きな地震があった事を知らせる音でした。驚いた私たちは、情報を得る為に近くの画家の先生のお宅を訪ねました。インターネットでチェックすると、それは誤報であったことがわかりました。

帰宅し、もう一度インターネットでチェックすると、地底に大きな仕掛けがしてあり多くの人が亡くなる可能性があったということがわかりました。私たちが神社参拝させて頂いていた頃、大変な光と闇の戦いがあっていた事がわかりました。8月8日に何かを感じた方達が、日本中で地球の安泰についての祈りを捧げられていたのではないかと思われます。これからは、天と地が一緒になって行動する時であるという確信を得ました。

私たちは、もっともっと天にメッセージを送る必要があると思いました。なぜなら宇宙の御存在は、私たちの自由意志を尊重なさいますので、地の私たちからの呼びかけがなければ手をさしのべる事ができないという宇宙の法則があるからです。

すべては私たちの意識にかかっています。宇宙、我、地球とエネルギーをつなぎ、一体化して、この時を越えてゆけたらと思います。

8月8日の旅も素晴らしいものとなりました。人吉城跡の風景を撮った写真にUFOが写っていました。また、U様が撮られた夕日の写真には、スケルトン状の母船が写っておりました。

また一つ宇宙との一体感を味わう事ができました。
宇宙の御存在の祝福に心より感謝申し上げたいと思います。



この思いを分かちあえる皆様方と結ばれます事、心より祈念申し上げます。
お読み頂きありがとうございます。


2013/07/24

2013年7月7日 聖なる光

2013年7月7日、私は、瀬織津姫様に感謝を捧げる為に人吉へ行きました。その日、朝から晴天に恵まれたのですが、駅に着くと雨が降っており、谷水薬師堂へ案内をして下さるU様が待っていて下さいました。車に乗る頃には、雨も上がり陽が差してまいりました。しばらく行くと農道に入りました。

その時、U様が「あれは何ですか?」と指を差されました。見ると「オレンジ色の彩雲」でした。あまりの美しさに車を止め、外に出ました。するとその彩雲は、次から次へと色や形を変え、私達はその変化する姿に夢中になってしまいました。

私達は、その場でその美しい彩雲を見ながら、天に「私は、地球と共に、人類と共に、進化を望みます」と宣言を致しました。その後も、光は次々と色を変え、形を変え、最後にはそのすべての色が重なり美しい虹色となりました。

変化する約40分間、私たちはあたかも幼子に戻ってしまったかの様に喜びで一杯でした。天にこの様な現象をお見せ下さった神様に感謝で一杯でした。そして、いつも、どんな時もあたたかく、お見守り頂いているご存在の方々へ深い愛を感じる事ができました。

その後、私たちは黒又山に向かいました。しかし、そこは先日の雨で道に落石があり、通る事が出来ませんでした。その時…、「山は登るものではなく、遠くから仰ぎ見るもの…」という言葉が聞こえたようでした。私達は、素直に登る事を止め、谷水薬師堂に向かいました。

到着すると、優しい雨が降り始め、水の神であられる瀬織津姫様の愛に包まれたかのようでした。2013年7月7日は十三の扉が開く日とお聞きした事があったのですが、その“なぞとき”を谷水薬師堂でする事ができました。そこでは、薬師如来様を十二の神様が守っておられました。ここで十二という数を見せられました。

この世は今、十二という数字で様々な事が決められております。十二時間、十二ヶ月、十二支、十二支族、
などなど…。

これは、十三を封印するためのものであったと考えられます。十三の扉が開くと、私たちは神人になるのではないかと思います。天の彩雲を示して頂いたのは祝福だったのだと感じました。

十三の扉は開いたに違いありません。

七月の中旬より、世の中は様々な混乱があるのではないかと言われております。混乱に意識を向けるのではなく、恐れを手離し愛(思いやりと感謝)に意識を向け、今を越えてまいりたいと思います。

この旅の最後に空を見上げると、青空にUFOが三機、静かに北から南へ向かっておりました。神々の祝福に心より感謝を捧げました。宇宙の存在の方々と共に、すばらしい地球を創造してゆける日が近づいていることを実感致しました。

楽しく幸せな時を過ごす事ができました。
ご案内頂きましたU様、ありがとうございました。


皆様と結ばれます事、祈念致します。
お読み頂きありがとうございます。

2013/06/26

『アナスタシア』についてのご紹介

アナスタシア
『アナスタシア』の作者ウラジーミル・メグレ氏は、1995年にオビ川沿いにてアナスタシアと出会います。タイガの森の奥深くで三日間を共に過ごし、その経験をもとに1996年に『anastasia』を自費出版しました。

この本は大きな反響を呼び、今では二十ヶ国で出版されているとの事です。日本では2012年9月にナチュラルスピリットより出版されました。各国の読者から「いまだかってこんな本はなかった…!」「一生で一冊だけ本を読むとしたら間違いなくこの本だ。」などといった感想が述べられているとの事です。先日私も読ませて頂き、大変感動いたしましたので紹介させて頂くことにいたしました。

今回は「子どもたちの真の教師は?」という事についてお話をさせて頂きます。この章は何度読ませて頂いても、私の心に響くものがあります。このように子供と接してみたかったと思わずにいられなくなってしまいます。

アナスタシアは言います。
「自然界と宇宙の意識は、あらたに生まれた赤ちゃんを自主独立した君主、王として認識する。彼は天使のように純粋で、しみひとつない存在。まだ宇宙とつながり開いたままの種に、宇宙は莫大な量の情報を奔流のように与える。だからあらたに生まれた赤ちゃんには、神にも似た宇宙で最も賢い存在になれる能力が備わっている。

赤ちゃんは両親に幸せと恩恵をもたらすのにほとんど時間を要しないし、宇宙の本質と人間存在の意味について気づくのに地上に生まれてから9年間しか必要としない。そしてこの気づきに必要なものはすべて存在している。

両親のやるべきことはただひとつ。純粋で自然なこの宇宙のことを彼にねじ曲げて伝えたり、宇宙の最も完璧な創造物から彼を切り離したりしないこと、ただそれだけ…」

「自然界によって育てられた9歳の子どもは、あなた方の世界の化学施設や社会で認められた科学者たちよりも、ずっと正確に宇宙について知っている」

ただただ、驚き、そして納得しました。
私たちが脳の3%しか使っていない理由は教育にあったのだという事を知りました。
 
宇宙の森では「アナスタシア」で学んだやり方で、子供達と種蒔きをやってみたいと思います。種蒔きをする時、決して教えこむような説教調で言うことなく、子供と私たちは同等の立場だということを意識した話し方がとても大切になります。子供はある意味大人たちよりずっと優れている事を決して忘れてはいけないのです。

アナスタシアの教えに触発された新しい学校も世界各地で始まっているとの事です。そこでは先生ではなく子供たちが自分たちですべてを切り盛りし、誰もが楽しそうで優れた学術性を発揮するとの事です。

そんな教育を受けた子供たちがどう成長していくのか本当に楽しみですね。
次の時代の教育がもう始まっているのです。
 これから少しづつ「アナスタシア」を学んでまいりたいと思います。

共有できる皆様と結ばれます事願っております。
お読み頂きありがとうございます。


2013/03/31

宇宙の森で学ぶこと その4 「子育てについて」

“宇宙の森”での学びの中で最も大切にしたい事は子育てです。赤ちゃんにとって一番必要なものは母の愛であり、赤ちゃんに愛を与える時に大切な事は母の心の安定です。母の心の安定には夫の愛がとても必要になってきます。妻の不安を慰め、励まし、力づけて安心に導くことが夫の最大の役目なのです。この事さえ夫が心がけて下されば、妻はたくさんの愛を子供に与える事ができます。

「イクメン」などという言葉が流行しておりますが、ミルクを与えたりオムツ替えを手伝うよりも何よりも、“妻の心の安定”に心を配ることが大切な事なのです。赤ちゃんがまだおなかにいる時からこの事を気をつけて頂きたいと思います。おなかの中の赤ちゃんに話をする事、絵本を読んであげる事、音楽を聞かせてあげる事など、とても大切なことなのです。
赤ちゃんがおなかにいる間は皆天才だといわれています。十月十日という日々はとても大切な時間なのです。声を一杯かけられた赤ちゃんはとても心が安定していますので、必要な時しか泣かないとも言われています。とても楽しい育児になります。

胎教の大切さは子供が授かる前に学んでおくべき事だといえます。胎動を感じるようになったら、赤ちゃんと会話を楽しむことが出来ます。まず、おなかに手を当て「ここを蹴ってごらん」と言います。触れた位置を蹴るようになったら会話が楽しめます。色々な事を質問してみると楽しいですよ。胎児の時からしっかりとコミュニケーションがとれていると、誕生後もとても親と子の心の絆が深まるといわれています。

赤ちゃんの時から絵本を読んであげるのはとても良い事だといえます。日本の昔話は、日本語で書かれた聖書だともいわれており、昔話の中には心の教えがたくさん入っています。
二歳の頃までの赤ちゃんは、お母さんに抱っこされたり、おんぶされたり、遊んでもらったりなど、スキンシップをする事によって愛情を確認します。

二歳を過ぎるとお母さんの姿が見えなくなっても少しづつ遊べるようになってきます。それはお母さんの愛情を「心」で知るようになるからです。しかしまだ長くは遊べません。不安になったり危険にあったりするとすぐにお母さんを求めます。そんな時抱きしめ励ましてあげると、暖かく見守られている事がわかり、また勇気を出して遊びに出ます。こうして「心」と「心」の結びつきが強くなると、遊ぶ場所もより遠くへ広がり、長い時間遊べるようになってきます。

なんでも自分でやりたがる反面、いきなりお母さんに抱きついて離れない事がよくあります。まだ不安で一杯なのです。お母さんに抱きしめられることによって愛情を確認し不安を解消して自立心を強めてゆきます。充分なスキンシップのもとに豊かな愛情で結ばれていれば、反抗も少なく多難な二歳代を楽に乗り切る事ができます。
この時期は、何でも自分でやってみたいという時期なので、「お母さんのお手伝いができた!」とか、「みんなに喜んでもらえた」という充足感や満足感を味わい、「ありがとう」と褒められる事がとても嬉しいのです。ですから、精一杯ほめてあげることはとても大切です。

お母さんやまわりの人達の優しさあふれる言葉によって、幼い心はますます輝いていきます。
「三つ子の魂百まで」という言葉がある様に、この時期に、褒めて、認めて、愛するという事がとても大切なこと、三つ子の時期にたっぷりとスキンシップをする事が大切です。それは一生を左右するくらい大切だという事を、先人は教えてくれていたといえます。親はわが子を一人前に育てる義務があります。これは人生の中の何ものにも優る大事業です。

子供は、まず親から人間の心、人間としての行き方、人間らしさを学び、習得します。親がいつもイライラとして怒鳴ったり叱ったりすることが多ければ、子どもは寡黙になったり愛情不足によって狂暴になったりします。そのくらい親の影響は大きいのです。そして、子どもは絶えず親に気に入られようとしています。また、そういう意識が強く働いています。親が「この子は悪い子だ、困った子」と思っていても、子どもの方では親に気に入られようと思って一生懸命なのです。「気に入られよう」 という心は 「認めてほしい」 という人間の基本的欲求なのであり、これは年齢に関係なく色々な型で出てきます。それを親の一方的な考えで無視したり、禁止や制止したり、気づかれなかったりする事で意欲を無くしてしまいます。

気に入られようとして行った行為には、その場でまず「ほめる」ことです。「ありがとう」「よかったね」「よくできたね」といった褒め言葉がいつも出るように心がけたいものです。そのように接すれば、子どもからも「ありがとう」の言葉が生まれ感謝の心が育ってゆきます。

もう20年ほど昔のことですが、子供が三歳の頃、「子育ての勉強会」に私が参加した時のことを思い出します。その時の講師の先生のお言葉です。

皆さんのお子さんたちが成人する頃、世界は大きな転換期を向かえます今は学校の勉強ができて一流大学に入り大企業に入ることがエリートといわれておりますが、その頃は心の健康な人がエリートといわれる時代になります。

・・・今、本当にその通りになってきている事に気づきます。
もう心の時代に入っているようです。
“子育て”、これはもしかすると人類最大の学習科目なのかもしれません。





この事を共有できる皆さまと結ばれます事を心より祈っております。
お読みいただきありがとうございます。

宇宙の森で学ぶ事 その3 「結婚について」

“宇宙の森”では結婚についても考えます。

古いシステムの中での結婚は、
すべてが愛に基いたものではありませんでした。

それは、結婚という制度の中にあるしくみや社会的立場に基づく結婚の存在があったからです。この事が家庭の中でたくさんの不調和を産み出し、そのまま社会全体の不調和へと拡張してきたのです。

これからの結婚は、愛に基づく“結魂”であって欲しいと願います。表面的で偽りの人生にならないためにです。

互いに尊敬し、男性は女性を守れるか、女性は男性を大切に思えるかが大事なポイントであるように思います。社会の最小単位を成す“夫婦”。夫婦が調和をしていれば、これといった躾をしなくても子供は良く育つといわれています。

現代の子供たちが背負っている様々な問題の事を思うと、結婚を考える前に“結婚”そのものを学ぶ必要があるのではないでしょうか。




この事を共有できます皆さまと結ばれます事、祈っております。
お読みいただきありがとうございます。

宇宙の森で学ぶこと その2 「私たちは神である」

宇宙の森で“私たちは神そのものである”という事を学びます。そのためには、まず原子の構造について知る必要があります。一つの原子は、陽子(プロトン)、中性子、電子(エレクトロン)からできており、陽子は陽のエネルギーを持ち、電子が陰のエネルギーを持っています。

陽極と陰極は互いに引き合います。電子は陽子の周囲をすごい速度で回っています。電子と中性子は、ちょうど地球や他の惑星が太陽のまわりを回転しているのと似たような形で陽子の回りを回転している、つまり、原子は微小な太陽系なのです。そして、そこにはある種の力があって、この小太陽系が回転できるように一種の結合要素としてその力は働いています。

そのエネルギーを私たちは“神”と読んでいます。
愛と調和のエネルギーです。このエネルギーが宇宙のすべての事物を司っています。

源は二つの極から成っており、その二極は私たちの原子レベルで存在し、二極を調和させるエネルギーも原子の中に存在しています。このことが解かると、私たち一人ひとりがいかに創造主に愛され創られた尊い存在であるかがわかります。私たちの身体の中には神のエネルギーが満ち満ちています。私たちは神そのものなのです。一人ひとりが宇宙なのです。




このことを共有できる皆さまと結ばれます事、心より祈っております。
お読みいただきありがとうございます。

宇宙の森で学ぶこと その1 「暦について」

“教育センター宇宙の森”では、まず暦について学びたいと思います。現在、人類は人口のサイクルともいえるカレンダーの影響を集合的に受けています。しかも多くの場合、その事には自覚がありません。人間の様々な活動は意識の深いレベルでこの人工リズムの影響を受け、その結果として、もともと自然界にはなかった「しくみ」を現在作り出してしまっているのです。

今、私たちが使っているグレゴリオ暦は人工時間です。グレゴリオ暦は、12や60といった数を基準にする時間の区切り方が基準となっています。一方、13:20はマヤにひとつの由来を見ることが出来る時間の区切り方で、惑星運動等自然のリズムに基く普遍的な時間(周波数)を意味しています。

「13の付きの暦」には、使用者がこの13:20の周波数に同調できるよう様々な工夫が凝らされています。さらに、13:20はマヤ暦の中の一つであるツォルキン暦(神聖暦)そのものが示す周期です。ツォルキンは260日(13×20)の暦で、マヤでは神聖な様式の取り決めの為に使われていたといわれています。アグエイアス夫妻によれば、この暦こそ銀河の周波数13:20に同調するための(調整装置)で、これに完全に周期することで真の四次元の時間を体験できるようになるといいます。

「13の月の暦」を使用していく目的の一つは、グリゴリオ暦からこのツォルキンへと意識をスムーズにスライドしていくことでもあるのです。自然の周期を知り、その性質を理解することができれば、心身のバランスを上手にとっていくことは誰にでも可能になると思われます。

「13の月の暦」で日付を意識していくことは、より根本的に生体リズムを整えていくことにつながります。「13の月の暦」を使っていくと、時間というものを通じて心の深い領域に働きかけていくことがわかるようになるからで、これはとても情味深いことだと思います。

まずは、ひと月28日のリズムを味わってみることから始めてみたいと思います。太陽と月のリズムを身体に刻み込んでゆくイメージです。少しづつ人工時間から自然時間に心身を移行してまいりたいと思います。



この事を共有できる方々と結ばれますことを祈っております。
お読みいただきありがとうございます。

 
 
※「宇宙の暦は13ヶ月」小原大典著を参考にさせていただきました。

2013/03/13

2013年 聖なる旅の物語

2013年3月8日、私は大切なお友達に会いに旅に出ました。旅に出る朝、出発直前に得たメッセージは「生命エネルギーの観点からいくと、神社には男神と女神と両方おまつりされるべきである」ということでした。このメッセージが今回の旅にとても大切な意味をもたらしてくれることになったのです。

そうして私の聖なる旅は始まりました。目的の駅に着くと、まず最初に熊野座神社に案内して頂きましたが、神社の右手の地面にはメビウスの輪が描いてあり、私たちはそこにある指示通りに四回動き「清め給え、守らせ給え」と言葉を述べ参拝させて頂きました。

参拝を終え、次に市房山へ向かいながら三合目で車を降り二十分程歩くと大きなイワクラが見えてきました。その岩には、おそらく女神を意味するペトログラフが刻まれていたのですが、熊野座神社で男神様、市房山で女神様にお会いする事ができたようで、朝のメッセージの意味が理解できたのでした。

宿に着くと山の幸一杯の心のこもった夕食が用意してありました。そのお陰様で心身がエネルギーに満ちたところで、早速この旅の大切な目的でもあるマインドマップの作成に二人で取り掛かりました。

タイトルは「仁愛神政(みろく)の世実現の為に必要なこと」。ブレーンストーミング方式をまとめていくと、仁愛神政の世実現の為に大切な事は “仲間”、“智恵”、”道具”、であるという事にたどりつき、素晴らしい魂を持つ仲間と智恵を出し合い、道具を使って音楽や美術を楽しみ、歌い、踊り、笑い、美しい言葉のエネルギーを使い、祈り、感謝の日々を過ごす場を創造したいという思いが心の底からわきおこりました。

その場には、美しい森があり、森が澄んだ空気をつくり、清らかな水が流れています。そこで私たちは朝日を拝し、夕日に感謝を捧げるのです。夜空には月や星が輝いています。宇宙に満ち満ちているエネルギーを地球に降臨させるビジョンを描くことができました。

そしてこのような生活をするのに必要なことは育みであるという事に結ばれたのでした。まずは教育の場づくりが仁愛神政のためには必要ではないか、「教育センター宇宙の森」という名称はどうだろうかということになり、こうして私たちは明確に学びの場をイメージすることで楽しい時間を過ごしたのです。

明確にイメージできた事は叶うといわれています。

次の日案内されたのは天文台でした。とても眺めのいい場所で、UFOを呼ぶにはこれ以上の場所はないと思われる場でした。そこでしばらく景色を眺め紅茶を頂き、とても満たされた気分でした。このような素敵な場所で星を見る事ができたなら、思いはすぐに宇宙に届き、天の存在とコンタクトできるような気がしたのです。

その後、美術館に行き美しい絵を見せて頂いた後、帰りの電車の時間も近づき、最期に訪れたのは老神神社(おいがみじんじゃ)。鬼さんが守っておられるその神社の奥におまつりしてあるのは弁財天。最後に女神様に感謝を申し上げ、参拝を済ませてもう少し時間があるので夕食のために小さな食堂に入ることに…。


そこで何気なく上を見ると、青井神社のお札を中心にして左に出雲退社、右に伊勢神宮のお札がおまつりしてある珍しい光景が目がとまりました。そこに流れていた気は、まさに出雲と伊勢の統合のエネルギー、辺りいっぱいが白い光につつまれているかのような感覚を覚えたのです。

不思議な感覚を後にして夕暮れの後の空を見上げると冬の大三角形を見る事ができました。するとその瞬間にシリウスからUFOが出てきたのです。その光はメビウス上に動き、すぐにシリウスの星の光の中に戻っていきました。生まれて初めてのこの体験により、今回、いえ、今までの人生すべてをシリウスの方々に見守られていたという直感が全身を突きぬけて、なんだか祝福を受けているかのような感激で胸がいっぱいになりました。

その感激の余韻も醒めないまま家に帰りつくと、しばらくして息子がメキシコ旅行をされた先輩からのおみやげを持って帰ってきました。それはククルカンのオブジェでした。もうすぐ春分、この旅の最後に、神様はククルカンのオブジェという形でメッセージを下さったように感じられました。

2013年、大切な年。
近々、このオブジェをもたらされた意味が解けるのではないかとわくわくしています。

創造の時を生きる喜び。
共に分かち合える皆さまと結ばれます事、祈っております。

お読み頂きありがとうございます。

君が代

君が代は 千代に八千代に 
さざれ石のいわおとなりて 苔のむすまで

この歌詞は、今から約一千年前 
醍醐天皇が紀貫之に命じて編集させた日本最古の歌集
「古今和歌集」 巻第七賀歌の部
第三四三番 詠み人知らず 
として掲載されている
「わが君は 千世にやちよに さざれいしの いはほとなりて こけのむすまで」 がルーツです。長寿を祈り願う祝い歌として人々に広く愛唱されていったものです。

イギリスの国歌を見てみますと、
「おお神よ 我らが神よ 敵をけ散らし降伏させ給え 悪らつな政策と奸計を破らせ給え
 神こそ我らが望み 国民を守らせ給え」 となっております。

また、中華人民共和国の国歌は、
「立て 奴隷となるな 血と肉をもて 築かんよき国。 立て!立て!立て!心合わせ、敵にあたらん、進め、敵にあたらん。進め、進め、進め、進めよや」 というものです。

二つの国歌とも戦闘的であります。

日本の国歌の品の良さがおわかり頂けると思います。日本国が末永く平和で、国民が幸せであって欲しいとの願いが込められた素晴らしい歌を国家として頂けていることに幸せを感じます。

卒業式にふさわしい国歌であるのに、何を反対されるのでしょうか。戦争と結びつける必要など全くないと思います。戦争とは反対の平和的な歌詞です。百歩譲って軍部に悪用されたことは認めるにしても、それは悪用した軍部が悪いのであって「君が代」という歌には何も罪はありません。

日の丸という国旗があり、君が代という国家があるという事は、国があるということなのです。

卒業式の季節です。厳かな曲が静かに体育館に流れますと、身が引き締まる思いが致します。
日本に生まれた幸せを感じます。


この思いを分かち合える皆さまと結ばれます事、心より願っております。
お読み頂きありがとうございます。

 

 


2013/02/28

戦後教育に見る大和魂骨抜き作戦と今

戦後、マッカーサーは日本が再び米国や連合軍の脅威にならぬように、日本を徹底的に弱体化、無力化することに徹しました。

そのために、日本人の強烈な愛国心を抹殺すること、つまり、大和魂を抜く事を急いだのでした。女性的な大和の国の平和が外国によって乱される時には、男性は立ち上がってこれを守ろうとする。その心を「大和魂」といいます。

では、その大和魂がどの様にして抜かれていくことになったかを見てゆきたいと思います。

まず、極東国際軍事裁判について学ぶ必要があります。この裁判の事を、国際法の権威、インドの裁判官パール判事はこう発言しています。

「この裁判は、国際法に違反しているのみか、法治社会の鉄則である法の不遡及(ふそきゅう)まで犯し、罪犯法廷主義を踏みにじった復讐裁判に過ぎない。従って全員無罪である。」と。

マッカーサー自身でさえ、「東京裁判は誤りであった。」との趣旨の告白をしています。これが日本の戦後を決定付けた東京裁判の真実であることを日本人は知る必要があります。

日本人の大きな誤りは、この東京裁判を信じたままでいることです。日本民族は残虐だと信じ込まされてしまったのです。ここが戦後日本の原点なのです。現代社会混乱の「元」は、戦後の自虐教育にありました。日本の歴史の真実を教えないで、日本が戦中戦後にとてつもない悪い事をしてきたと刷り込まれる戦後教育に大きな問題があるという事です。学校の中で、国旗や国歌を反対することが問題なのです。この様なことでは、国を愛する子供など育つはずがありません。むしろ、愛国心を育てない教育をする事が目的であるかのようです。

大和魂を抜くことが目的であるかの様な教育をしてきたといいう事、それに私たちは気づく必要があります。命をかけて日本を守って下さった方々に申し訳ない気持ちで一杯になります。この事に私たちは心からの感謝の誠をささげなければならないと思います。

オランダの首都アムステルダムのエドアルド・ヴァン・ティン市長(後に内務大臣)は発言されました。「日本は各地で侵略戦争したとペコペコ謝罪していますが違います。あなた方こそ血を流して、アジア民族を解放し人類最高の良い事をしたのです。本当は白人が悪いのです。日本は敗戦しましたがアジアの開放は実現しました。日本軍は欧米諸国すべてをアジアから追放しました。・・・・自分を蔑むのを止めて堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです。」

これが真実なのです。では、なぜここまで日本人を自虐的にする必要があったのでしょうか。それは日本という国、日本人が素晴らしい魂を持っていたからだといえます。この様な素晴らしい魂を持った日本に、二度と立ち上がって欲しくないと思う勢力があるということなのです。

この事に私たちは気づく時が来ています。特に、小さなお子様をお持ちのお母様方、気づいて下さい。学んで下さい。そして、皆様の大切なお子様たちを守って頂きたいと切に思います。今は学ぶ方法はたくさんあります。阪神淡路大震災の時も東日本大震災の時も、日本人の素晴らしい姿勢に世界が驚いたとのことです。冷静さを失うことなく助け合った姿に世界中の人々が感動したのです。大惨事の時に大和魂のスイッチは入ります。私は日本人である事を誇りに思います。

今後、益々世界は日本に注目することでしょう。なぜなら、宗教界に混乱が始まっているからです。心棒であったはずの宗教が崩壊した時、日本人の心の強さに学ぶべき事を世界は見出すのではないでしょうか。あのアインシュタインも言っています。
「我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを。」

世界が日本を必要とする時が来るのです。
今こそ、日本人であることの自信と誇りを持つ時です。

大和魂は抜かれませんでした。震災がその事を見せてくれました。真実を知り、真実を学びましょう。今は大切な時なのです。

この事を分かち合える方々と結ばれます事、心より願っております。
お読み頂き、ありがとうございます。

倭建御子と弟橘比売命(オトタチバナヒメのミコト)

六世紀以前の一人の皇子の物語です。
 
父天皇の命を受け、倭建御子(ヤマトタケルノミコト)は遠隔の反乱の地を平定しに行きます。
 
途中、海が荒れ皇子の船は航路を閉ざされます。
 
 
この時、后弟橘比売姫(オトタチバナヒメのミコト)は、
 
自分が海に入り海神の怒りを鎮めるので皇子はその使命遂行して欲しいと言い入水します。
 
そして皇子を目的地へ向かわせます。
 
この時、弟橘は美しい別れの歌を歌われました。

さねさし相武(さがむ)の小野の燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも
(あの時、燃えさかる火の中で私の安否を気遣って下さった君よ)

このしばらく前、倭建御子と弟橘比売命は、広い野を通っていた時、
敵に火を放たれ九死に一生を得たのでした。
弟橘は、皇子の示した愛に感謝の気持ちを歌われたのがこの歌です。
 
 
女性というものは、自分を心から愛し守って下さる方には、この様な気持ちを表現するものなのです。世の男性方には知っておいていただきたく存じます。そして、それに対する感謝は、時には命をも投げ出してしまうものでもあるという事を忘れないで頂きたく存じます。守って頂いたことへの感謝は一生忘れることはないという事なのです。その気持ちが強いだけに、夫だけを頼りに勇気を持って嫁いできた妻がその家の中で守られない悲しみというものは計り知れないものがあります。
最近私は、七十代の女性が今もな悲しんでおられる様子を目の当りに致しました。世の男性方には、もう少し女性の悲しみに心を寄せて頂けないものかと思う時があります。
 
また一方で、とても仲の良いご夫婦の微笑ましい姿を拝見する機会にも恵まれました。経済的には慎ましく暮らしながらも、心はとても豊かで互いに支えあって暮らしておられるお姿に、心温まるものがありました。ご主人が奥様をしっかりと守られ、奥様がご主人を尊敬なさっている御姿に、夫婦の理想の姿を見る思いが致しました。特別な事を何もしなくとも、この様な仲睦ましいご夫婦は地球にとってとても良いエネルギーを放っておられると感じました。

夫婦の和合の原点は素盞嗚尊様や倭建御子様のお姿にあると思います。二つのご夫婦の物語は、この事を教えて下さっている様に思います。

このようなことを共有して下さる方々と結ばれます事、心より願っております。
お読み頂きありがとうございます。

素盞嗚尊と櫛名田比売命(くしなだひめのみこと)

画像:森のかけら様より引用
素盞嗚尊といえば、八頭八尾(ヤマタノオロチ)退治の話が有名です。素盞嗚尊は高天原を追放処分になってから、出雲に後輪されます。

ある時、ある川の提に沿って歩いていると、川上から箸が流れて来ました。誰か居ると思い急いで川上へ置くと、美しい乙女と二人の老人がシクシクと泣いていました。この二人の老人には八人の娘がいましたが、八頭八尾という邪神に次々と食べられて、とうとう娘一人になり、今夜はこの娘が食べられるというのです。その娘の名は櫛名田姫といいました。

素盞嗚尊は、「よし、それならば退治してやろう。そのかわりこの娘を私にください。」と条件をお出しになられました。そして八頭八尾退治をなさったのでした。櫛名田姫を櫛に変化させ、素盞嗚尊の髪に挿し戦われました。

八つの尾の一つの付け根を切ったところから剣が出てまいりました。のちにその剣は、草薙剣(クサナギのツルギ)と呼ばれるようになったのです。

この八頭八尾(ヤマタノオロチ)退治のお話を現代に置き換えて考えてみますと、八頭八尾は闇といわれる存在だといえるのではないでしょうか。そして戦いの後、尾から出てきた剣は闇がつくってきた様々なシステムといえます。闇の存在が残してくれたシステムを使い、これから良い世の中(ミロクの世)を新たに創造する時が近づいている様に思います。そして、この事に気づいた一人ひとりが素盞嗚尊様のように自分の置かれている場で、今自分に出来る事をすることが地球にとっての良いエネルギーになるのだといえるのではないでしょうか。

櫛名田比売命と結婚することになった素盞嗚尊は、新しい御殿を建てる場所を探して歩かれました。出雲の国の須賀で立ちどまり、あたりを眺め転地に満ちる限りない生命の息吹を感じ、美しい妻と幸せに暮らせる喜びを歌にされました。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻穏みに 八重垣作る その八重垣を」

様々な苦難を越えられたはての幸せを喜ぶ思いがあふれている歌です。この歌が日本の和歌の始まりともいわれています。私たちにも、この様な喜びの思いを歌にする時が来る事を心から願っております。その時を迎える為に“今”があるのでしょう。

気づいた人たちが手をつなぎ、しっかりと学ぶ時が今なのでしょう。
そして、闇といわれてきた存在たちが今まで地球で何をしてきたのか、
それから、今それがどうなっているのか…
これから地球がどうなろうとしているのか…
その時私たちは何をしなければならないのか…

私たち一人ひとりが身近なご縁で集いながら学ぶことを始めていきましょう。
そして、身近な方々に伝えていきましょう。

同じ思いの方々と結ばれます事、心より願っております。
お読み頂きありがとうございます。

2013/02/23

岩戸開き

天照大神と素盞嗚尊

岩戸の中に隠れてしまわれた天照大神様をなんとか岩戸からお出しになりたいと考えられた神々は、岩戸の前で宴会をなされます。天宇受売命(アメノウズメノミコト)が踊りになると、見ておられた神々が大笑いされます。

それを聞かれた天照大神様は何事かとお思いになり、そっと岩を開き 「なぜそんなに楽しんでいるのですか?」と聞かれますと、天宇受売命が「あなた様より優れた神様がいらしたので、みんなで喜び、こうやって楽しんでいるのです。」と嘘をつかれます。

その結果、嘘がはびこり、それが人間界に伝染してしまったというわけです。嘘で出されたものは偽物でしかないのが事実であり、真実でしか真実は引き出せないということです。

罪を着せられ、根の国に追いやられた素盞嗚尊様こそ岩戸閉めされていたのです。素盞嗚尊様は西日本一帯を支配し、倭(ヤマト)の最初の王でした。その息子であられるニギハヤヒ様と共に、長い間庶民に慕われました。このお二人は、日本人にとっての熱い信仰対象でもあったのです。


日本建国の祖は、間違いなく素盞嗚尊様であります。素盞嗚尊様は強いだけでなく愛のかたまりのような方だったので、分立していた小国郡を統一することができたのです。菅原道真が反逆者にされた原因が、日本の神様の正体の真相を申し立てた事にあったことは、ほとんど知られておりません。

日本建国の歴史をつくり変えた権力者は、藤原氏だと思われます。古事記、日本書紀の編纂(へんさん)にあたり、大和朝廷誕生以前に栄えた古代出雲系王朝の痕跡を抹殺することを画策し、この時に、スサノオ、ニギハヤヒの業績が消されたのです。

大宇宙さえ生み給いた根源的な神の地球での現れが素盞嗚大神なのです。素盞嗚尊様は地境界に生きる私たちを直接にご守護下さる神でありながら、八百万の神々の罪や穢れを一身に背負い、陰に隠れながら日夜「この世を構うて」おられるのだそうです。スサノオ尊こそが救世主であり、地球の主宰神であったわけです。感謝を申し上げ、何か困った時には、「スサノオノ大神 守り給え幸はえ給え」と三回唱えると良いそうです。天に通じるところがあれば必ずやご加護があるはずとの事です。

オリオン座のぺテルギウスの超新星爆発が近づいているとの事です。今こそ、スサノオノ大神様に祈りをささげる時のように思います。岩戸から出てきていただきましょう。そして、地球の大難を小難に、小難を無難に、無難を無事にしていただけたらと思います。

このような事を共有して頂けます方々と結ばれます事、心より祈っております。
お読み頂きありがとうございます。

2013/02/16

結婚から結魂へ

ひなまつりに寄せて

日本神話の中で、伊邪那岐神(いざなぎのみこと)は黄泉(よみ)の国へ伊邪那美神(いざなみのみこと)を追っていかれます。
しかし、黄泉の国での伊邪那美神のお姿があまりにもひどいもので、その事に驚いた伊邪那岐神は無我夢中で黄泉の国から逃げておしまいになられます。

そして、伊邪那岐神は次々と神々をお授かりになられます。伊邪那岐神は男神様です。つまりこの神話は、現世は男性性優位の世であることの暗示のように思われます。

現代は男性性優位のエネルギーで成り立っているということです。結婚制度も同じエネルギーの中で成立しています。結婚といえばまず結婚式ですが、女性は白無垢を着ますね。これは女性の死を意味しているとの事です。つまり実家から婚家に嫁ぐという時、女性は一度死ぬというわけです。そして婚家の色に染まりなさいという事らしいのです。

しかし嫁いだ後、様々な問題に女性はぶつかります。価値観の違いに戸惑ってしまう事は多々あります。家庭の中のエネルギーも男性優位であった場合、夫のサポートがなければ婚家での暮らしは大変な忍耐を必要とする事になります。長い年月の中では夫婦間にすでに愛は無くなってしまっている場合もあるでしょうけれど、経済的理由のためだけで我慢をしている女性も数多くいる事でしょう。この男性社会において、母親一人で子供を育てるのは大変な事ですから。
 
先ほどの神話の中におきましては、伊邪那岐神と伊邪那美神は調和なされる事なくお別れになったままです。神話の中に調和は訪れていないのです。この事も今の世の暗示の様に思います。世の中の最小単位である夫婦の世界に調和がなければ、世の中に調和が訪れる事などありませんね。

「アミ 小さな宇宙人」という本の中で、アミが地球人の結婚生活に驚く場面があります。アミの星では愛が基本法だからです。愛の無くなった夫婦が一緒に住むことなど考えられないからです。アミの住む星の結婚は「結魂」なのだと思います。魂と魂が結ばれる事だと思うのです。同志的結合なのだと思います。そして「志」が変化してきたら自然と離れ、また別の志を同じくするパートナーと出逢い魂の向上を目指すのです。いつの日か地球もその様な星の仲間入りをすることでしょう。最小単位の夫婦が調和する事が何よりも大切なことです。
地球のためです。
女の子のおまつり、“ひなまつり”が近づいてまいりました。女性が幸せな世は男性も幸せな世だといえます。家庭の中で「私は守られている」と感じた女性たちは、どこまでも男性を大切に思い感謝するものなのです。“ミロクの世創り”の同志で結魂できたら、こんなに幸せな事はありませんね。
「結婚」から「結魂」へ。

今日はこんな事を考えてみました。
同志の方々と結ばれますこと、心より祈っております。
お読み頂きありがとうございます。




2013/02/11

変革期における日本人の役割

建国記念の日に寄せて

地球は、今まで何回もレベルアップする変革期を迎えようとしましたが、そのつど失敗をしてきたというお話があります。その件で、最大に失敗した時期は、紀元前後のイエス・キリストが存在していた頃だとか。イエス様が十字架に張り付けられ処刑された理由は、「神は私たち人間一人ひとりの仲に存在されている」という事を伝えようとされたからだということです。

私たちの中にいらっしゃる神様のことを、私は“内在神”と呼ばせて頂いておりますが、この事を私たちが知る時、宗教というものは必要でなくなります。ですから、その当時の勢力にとってイエス様の御存在はとても邪魔であったということになります。

イエス様処刑以後、世界はサタンの力の影響を受けたローマ人を始めとする西洋人により、私たちの魂の向上にとって不利益なものが次々に創り出される事となり、それは現在になるまで及んできおります。まさに、サタンの思い通りの”争い”の世となっております。今こそ私たちは”争いの世”から”調和の世”へとシフトする時です。紀元前後の失敗の後の次の変革期が今なのです。

そして、その中心的役割の担い手は日本だといわれています。海に囲まれ他国に侵されないよう、そして独自に発展するように創られたのが我が日本国です。

しかし、第二次世界大戦後、西洋の物質文化、誤った自由主義、個人主義が流入し、様々な問題が出てきております。このような状況において”内在神”に気づいておられる方々もいらっしゃることでしょう。前回の変革期にレベルアップするはずだった地球、人間をはじめとするあらゆる存在の手助けを出来なかったことを非常に強く嘆き、悲しみ、反省した魂が現代の日本人として生まれてきており、重大な役割を果たそうとしているとのことです。静かに目を閉じ内在神に問いかけ、自分もその一人であるという感覚をお持ちの方々、どうぞ日本人として生を受けたことの誇りを取り戻しましょう。

古来、日本人は内在神を拝み合って暮らしていたのです。それが、「こんにちは」という挨拶の言葉として残っております。「こんにちは」とは、「今日もあなたの中のこんにち様が輝いておられてよろしゅうございますね」という意味のことです。この様な素敵な国が日本です。

いつの日かまた、内在神を拝み合う日が来る事を信じたいと思います。まず、この事に気づいた人たちから“拝み合う生活”を初めていけたらと願っております。

建国記念の良き日に、この事を皆様と分かち合えますこと、幸せに思います。皆様と結ばれます事、心よりお祈りいたしております。
お読み頂きありがとうございます。












2013/01/31

豆まきとカゴメうた


2013年1月6日の早朝、ラジオから素敵なメッセージが流れてきました。
「私は、いつも物事をネガティブに受け止めていたのですが、一日に三つだけ感動した事を書くように心掛けたところ、まるで脳に魔法がかかってしまったかのようにポジティブな考え方ができる様になったのです。それで、私はそのノートの題を“魔法のノート”とすることにしました。今では孫たちにも作るように教えています。」 とのことでした。

”いい話”と感じた私は、早速”魔法のノート”を作り、三つ感動した事を書いて一日を終えるようにしています。一日に三つだけでも、一年も続ければそれは1000を越えてしまいます。だから脳に魔法がかかるのですね。お友達にも教えて皆で楽しんでいます。

ところで、”魔”という字を見てみると、”麻” と ”鬼” でできていることがわかります。
とても不思議な字ですね。



”鬼” の意味って難だろう?と内側に問いかけていると、今から二十年くらい前にお聞きしたお話を思い出しました。 それは、国常立尊(くにとこたちのみこと)様についてでした。 厳格な神であられた国常立尊様は、ある方たちにとってはとても厄介な御存在でした。そこで、国常立尊様は手足をもぎ取られ、丑寅(うしとら)の方向へ閉じ込められてしまわれたというのです。


豆まきの時の鬼とは、国常立尊様のことであり、二度と出てこられない様にという意味合いを込めて、”生”ではなく”煎った豆”を使うようになったということ…。
 
煎った豆からは芽が出ませんからね。
そしてその豆を「鬼は外、福は内!」といって鬼にぶつけるのが豆まきです。
 
 
国常立尊様は、手足をもぎ取られて閉じ込められてもなお、地球の事を想って下さっているとのお話…、今強く思い起こされます。
 
豆まきの時の鬼は国常立尊。丑寅の方向とは鬼門ともいいます。
そして、ある存在にとって厄介な存在が鬼だったのですね。
 
 
カゴメうたのカゴの中のトリも、国常立尊様のことかもしれませんね。
カゴの中に閉じ込められた国常立尊様、いついつ出てこられるのでしょう。
 
そういえば…あのカゴメうたの歌詞も不思議です。
夜明けの晩、鶴と亀、うしろの正面…すべて二極性です。
 
いよいよ私たちは自分自身を二極性の鎖から開放するときが来たように思います。
鶴と亀が統べる時ですね。
今年の豆まきは、「福は内、鬼も内!」と言って”生”の豆を感謝で蒔きたいものです。
 
 
目の前にある出来事の中からしっかりとメッセージ的シグナルを受け止める事ができたなら、もうそこには善悪二元論的思考は必要でなくなりますね。今ある事に、それがどんな事であれその中にメッセージを見つける事ができさえすれば、すべては喜びに変わります。すべて必要な出来事になります。
 
 
そのことに気づいてからというもの、私の心はとてもとても軽くなりました。
まさに魔法がかかったかのようです。

鬼さんから、「気づいてくれてありがとう」 と言ってもらえてる気がしています。
こちらこそ、「鬼さん、ありがとうございます」 なのです。
 
このことを分かち合える方々と結ばれますことを、心より願っております。
お読み頂きありがとうございます。